瓜田純士と内藤裕歴史的和解
歴史的和解
ついに、この時を迎えました。
一時期は「リングの上で●す」とまでエキサイトしていた二人が、
ついに和解したのです。
瓜田純士と内藤裕の歴史
瓜田氏を僕が最初に知ったのは、
『THEOUTSIDER第一戦』。
AYM-JET氏と壮絶な喧嘩マッチ。
クレベルコイケと、朝倉未来の試合で話題になった三角絞めを、
まさかの蹴りでエスケープするという、
朝倉未来も思いつかないようなスーパーファイトで勝利していました。
対する内藤裕氏は、OUTSIDER第三戦で安倍充朗に勝利。
その時点で、千葉のやばいチーマーで、
格闘技も強いと思ってましたが、
さらに印象的だったのは第五戦。
鬼のような強さでデビュー戦を飾り、
「全員かかってこいや!」
と傾(かぶ)いていた渋谷莉孔選手に完封勝利します。
正直この試合は僕は不服で、
渋谷莉孔選手という百年に一人のスーパースターが現れたのだから、
もっと格下を当てて、あの無敵ぶりを楽しみたかったです。
実際渋谷選手はこの内藤戦以来、
強さはどんどん強くなっていったものの、
デビュー戦の神をも恐れぬ感じではなくなってしまいました。
そして瓜田氏も内藤氏もアウサイを離れ、
僕の目からはいなくなってしまいました。
数年の時が過ぎ、二人を見たのは、
2012年11月にアップされた
「アウトローのカリスマ 瓜田純士引退試合」
という動画でした。
内藤裕氏がブルーハーツの「少年の詩」で、
瓜田純士氏が長渕剛の「しゃぼん玉」で溜めまくって入ってくるという、
めちゃめちゃ傾(かぶ)いたかっこいい入場でした。
…が、試合は一方的に内藤選手がボコボコにする展開になってしまい、
動画のコメント欄や低評価ボタンが荒れる結果となってしまいました。
この動画で、引退試合の相手に選ぶほど内藤氏と仲がいいことを知りました。
そして衝撃だったのが2014年に発売された瓜田純士氏の著書『遺書』。
内藤氏といるところを襲撃され、腹部を刺され二人とも死にかけたというとんでもないエピソードを語っています。
なぜ決裂したのか
すさまじいエピソードですが、
それも仲いいからこそ。
『遺書』でも「兄貴分」と表記されています。
それがなぜ決裂したのか。
全くわからなかったのですが、
こちらにまとめられていました。
内藤氏と会わなくなっていた瓜田氏。
そこにきて、ライブ配信で批判され(たと思い)内藤氏が我慢できないとして試合を申し込んだということです。
その後は、
内藤氏が自身のチャンネルや所沢のタイソン氏のチャンネルで瓜田氏を批判し、
瓜田氏は「こっちにはデメリットしかない」という動画で、
三人まとめて今すぐキックボクシングルールで戦うならワンターレン氏と一緒にやってやるという動画をアップしたのは見ていました。
『遺書』でも描かれていて不思議だったのですが、
仲いい人と●し合い寸前になったり、
喧嘩した相手を車で送ったり、
『キングダム』のように、今日の友は明日の敵というのがアウトローの世界なのでしょうか。
和解した二人ですが、この後どのようになるのか注目です。
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